過去の自分を助け出したいわけじゃなかったらしい
昨日、不思議な体験をした。
自分にかけていた呪いをほどいたような、そんな感覚。
ずっと、喉の奥に魚の骨が引っかかっているような、そんな感覚の違和感があったの。
ひと昔前の、自分のような人が生きやすくなるお手伝いがしたい。
そう思ってた。
その形を作ってみようと模索した。
思えば、叶うのよね。
5年前の私に出会った。
こーれーはー!チャンス!
どの程度、感覚を共有して前に進めるお手伝いが出来るのだろうか。と
チャレンジしてみた。
(本業の仕事中に、マッサージしながらwww)
まぁ、結論、玉砕した。
もちろん、お客様を不快にさせたわけじゃない。
共感と過去の私の体験談を織り交ぜながら話は弾んだ。
では、
何が玉砕だったのか。
私はペルソナを過去の自分にしていたことが、
魚の骨が喉に引っかかっている状態だったという事に気づいたの。
だって、考えてもごらんなさいよ。
自分自身に納得が行かなくて、変えたくて思考を変えた。
つまりは、昔の自分のことを私は好きではない。
ではなぜ、
好きじゃないものをペルソナに選んでいたのだろうね。
そこにしか、マッサージ以外に価値提供出来るものがないって思ったから。
でもさぁ、
変化があるってことにしか、興味が湧かないのよ。
だけど、準備が整ってないと、人は変われない。
同じ出来事でも受け取れる情報量は違う。
自分の中に、変化できるだけの器の余白が必要で、
ただツライだけだと、器は溢れかえってる。
変化を飲み込む隙間がない。
だから、自分の器に、余白・スキマが、必要。
そんな気付きがあったの。
こんな話を、給湯室で友人の同僚にした。
違うなって思ったときに、すぐに話を聞いてもらえる。
そしてこんな込み入った話がすんなり伝わる、
そんな友人と話す。
それって、めっちゃ幸せなことだよね。
とも思ったし、
試してみなければ、気づかんかった。
だからOK!
そう思えた自分を褒めてあげることにした( ´艸`)
まだまだ探索の旅は続くのであーーーる・・・やれやれだぜ。
まぁ、気長に行こう。

